2026年8月12日水曜日

AIの急成長で変わる世界~AI特需直撃の台湾・韓国、新人IT人材がAIに取って代わられるインド~

AI投資が世界中で膨らむなか、同じアジアでも、その恩恵の受け方にはかなり大きな差が出ている。

分かりやすいのが台湾と韓国だ。台湾では半導体やAIサーバー関連の外需が景気を強く押し上げ、2026年1~3月期の実質GDPは前年同期比14.55%増。台湾当局は2026年通年の実質GDP成長率を9.64%と予測している。

韓国も猛烈で、2026年上半期のICT輸出は2539億ドルと前年同期比120.5%増。半導体とSSDだけでICT輸出の83.7%を占めた。輸出額の伸びにはメモリ価格の上昇も寄与しているため、数量がそのまま2倍以上になったという話ではない。それでも、AI向けデータセンター投資が韓国の得意分野へ直結していることは間違いない。

AIという巨大な設備投資ブームが、台湾と韓国の既存産業にほぼ真正面から当たったわけだ。

では、その対極に近い国はどこか。私はインドがかなり興味深いと思う。

AIが危うくしているのは「スーパーエース」より、その育成ルートだ

インドは、東アジアの工業国とはかなり違う成長経路を歩んできた。

IMFも、インドの経済発展について、農業中心の経済からサービス主導型へ移行する過程で、低技能の労働者を大量に吸収する産業の本格的な離陸を大きく迂回したと分析している。製造業を何層にも積み上げてから高付加価値産業へ移った国とは違い、ITサービスやBPO(Business Process Outsourcing、企業業務の外部委託)が早い段階から経済成長を引っ張った。

そのモデル自体は大成功だった。NASSCOMによると、インドのテクノロジー産業は2026年度に3150億ドルを超える見込みで、直接雇用は約600万人。今なお13万5000人程度の純増が予想されている。

だから「AIによってインドIT産業が終わる」という話ではない。

むしろ、すでに経験を積んだ高度なエンジニアやAI人材にとっては追い風になる可能性が高い。AIを使って一人で以前の数人分の仕事ができるなら、そのAIを使いこなせる人間の価値は上がる。

厄介なのは、そのスーパーエースになる前の段階だ。

これまでは新卒で企業に入り、比較的定型的なコーディング、テスト、問い合わせ対応、データ処理、技術サポートなどを経験しながら、何年かかけて技能を身につけることができた。

ところが生成AIが最初に代替しやすいのは、まさにこうした仕事である。

IMFはインドについて、AIと自動化がITサービスにおけるカスタマーサービス、取引処理、テクニカルサポートなどの定型業務への労働需要を減らしつつあると指摘している。2026年2月にはIMFのゲオルギエワ専務理事もニューデリーで、若いコールセンター労働者がボットに、IT卒業生がアルゴリズムに置き換えられる可能性を具体的に挙げた。

NASSCOMの2026年版業界レビューにも変化は表れている。インドIT企業の採用は、単純に人数を増やすモデルから、AIによる生産性向上を前提として必要な技能を選ぶ方向へ移りつつある。

上級者の価値は上がる。しかし、若者が上級者になるまでに登っていた最初の数段は細くなる。

インドにとって怖いのはここだと思う。

問題は「AI人材を増やせばいい」では終わらない

人口規模の大きな国では、少数の高所得者を生むことと、大量の若者に仕事を作ることは別問題である。

AI研究者や高度なソフトウェア技術者を10万人増やせたとしても、それだけで毎年労働市場に入ってくる若者を吸収できるわけではない。

IMFは2023年の時点で、インドが2050年までに人口増加に対応するためには1億4500万~3億3000万人分の仕事を新たに必要とする可能性があると試算していた。幅の大きな推計ではあるが、雇用創出の規模そのものが巨大であることは分かる。

世界銀行も、インドが人口構成を経済成長につなげるには、農産加工などの労働集約型製造業に加え、観光、運輸、ケア産業など「人を多く雇う産業」への民間投資を増やす必要があるとしている。

そこで重要になるのが製造業だ。

インド政府も当然そこには気付いている。Make in Indiaに加え、Production Linked Incentive(PLI、生産連動型優遇策)を14分野で展開し、電子機器、自動車、医薬品、通信機器、太陽光関連などへの投資を呼び込んできた。

成果も出ている。インド政府によると、2026年3月末までにPLI対象分野への実投資は2.40兆ルピーを超え、直接・間接を合わせて141万5000人超の雇用が生まれた。

つまり「インドには工場がない」という段階ではもうない。工場はかなりの速度で増えている。

問題は、インドほどの人口を抱える国の産業転換として、その速度で間に合うのかということだ。

工場を建てるには土地がいる。電力、道路、鉄道、港湾がいる。部品メーカーが集まり、現場の管理者と技能者を育て、品質を安定させるまでにはさらに時間がかかる。

一方、AIの能力向上は数カ月単位で進む。

数十年かけて作る産業構造と、数年で仕事の必要人数を変えてしまう技術が同時に走っている。この時間軸の差が、今のインドを考えるうえで大きい。

台湾・韓国ではAIが「注文」を増やし、インドでは「仕事の作り方」を変える

台湾と韓国との違いもここにある。

AIを動かすには半導体がいる。HBM(High Bandwidth Memory、高帯域幅メモリ)、SSD、サーバー、電源、基板、各種電子部品が大量に必要になる。

台湾や韓国は、そこに何十年も設備と技術とサプライチェーンを積み上げてきた。

AI投資が増えれば、それが既存の工場への注文になる。

対してインドが世界へ大量に輸出してきたものの一つは、人間が提供するITサービスだった。AIが普及すれば、インド企業自身もAIを使って生産性を上げられる半面、海外企業がインドへ外注していた仕事の一部を自動化できるようにもなる。

もちろんインド側にも新しい需要はある。AI開発、データセンター、GCC(Global Capability Center、多国籍企業が置くIT・開発・業務拠点)などは伸びているし、高度人材には新しい仕事が生まれる。

それでも、AI投資の増加が既存の主力産業へそのまま大量注文として流れ込む台湾・韓国とは、事情がかなり違う。

その点、日本は良くも悪くも産業が散らばっている

この比較に日本を入れると、また別の姿が見えてくる。

日本にも半導体製造装置、電子部品、素材などAI投資から利益を得る産業はある。一方で自動車、一般機械、金融、小売、観光、コンテンツ、建設、物流、医療・介護まで、かなり大きな産業が並存している。

良くも悪くも幅が広い。

台湾のように特定分野への世界的な投資ブームが国全体の成長率を一気に押し上げる展開にはなりにくい。その代わり、一つの産業が技術変化で傷んでも、すべての産業が同じ方向へ動くわけではない。

為替も似ている。円安なら輸出企業や訪日観光には有利だが、輸入企業や家計には不利になる。円高ならその関係がある程度逆転する。

「日本全体にとって完璧に都合のいい相場」というものがなかなかない代わりに、ショックも分散する。

そして現在の日本にはもう一つ特徴がある。仕事がないというより、人が足りない。

日本銀行の2026年6月短観では、全規模・全産業の雇用人員判断DIはマイナス37だった。「過剰」から「不足」を引く指標なので、強い人手不足を示している。

製造業でも同じだ。2026年版ものづくり白書によれば、製造業就業者は2023年の1055万人から2025年には1033万人へ減少。中小製造業の従業員過不足DIも2026年第1四半期にマイナス19.6まで低下している。

大量の若者に生産性の高い仕事を作りたいインドと、工場を含め働く人が足りない日本。

経済構造だけを見ると、かなり補完関係にある。

ホンダはすでに2万4000人を雇う巨大メーカーになっている

この組み合わせは将来構想だけの話ではない。

すでにかなり大きな規模で成立している例がホンダだ。

Honda Motorcycle & Scooter India(HMSI)はインド国内に4つの二輪車工場を持ち、2026年時点の年間生産能力は625万台。従業員は約2万4000人に達する。

さらにHondaは2028年までに年間生産能力を約800万台へ増やす計画だ。ラジャスタン州の第二工場では約150億ルピーを投資して新たな生産ラインを建設し、2000人の新規雇用を予定している。

ここまで来ると「日本企業がインドに工場を作ればうまくいくのか」という実験ではない。

インドの労働力と市場を使って数百万台を生産し、インド国外への輸出拠点にもする事業が、すでに現実に動いている。

さらに面白いのがスズキのやり方だ

文化や働き方の違いまで考えるなら、Maruti Suzukiの例はさらに興味深い。

ハリヤナ州Kharkhodaの新しい車両工場は現在年産50万台で、最終的には100万台まで拡張する計画になっている。投資額は総額3500億ルピーを見込み、100万台体制では併設するサプライヤーパークの企業を含めて2万1000人超の雇用創出を計画している。

しかし、スズキの取り組みで見るべきなのは工場の大きさだけではない。

日本企業がインドへ進出したとき、日本式の品質管理や現場運営をどう定着させるかという問題に対して、人材教育そのものへ投資している。

「もっと日本人みたいに働いてくれ」ではなく、最初から教える

日本企業とインドの労働市場には当然違いがある。

日本企業の製造現場では、細かな標準作業、時間管理、品質管理、安全、改善活動などを長期間かけて身につけることが多い。

一方でインドでは人材獲得競争が激しい。在印日系企業を対象にしたJETROとインド日本商工会の調査では、2025年の平均昇給率はスタッフで10.0%、製造現場のワーカーで9.8%だった。

さらに中途採用では、前職の基本給から「20%超~30%以下」を上乗せする企業が45.0%と最も多い。企業側から見れば、育てた人材を他社に取られないための競争も激しい。

こういう市場へ日本式の雇用慣行をそのまま持ち込み、「長く働いてくれ」「日本と同じ感覚でやってくれ」と要求するだけでは無理がある。

Maruti Suzukiが取っている方法は、そこを教育で埋めることだ。

同社は日印両政府の協力に基づくJapan-India Institute for Manufacturing(JIM、日印ものづくり人材育成機関)を4カ所運営している。2026年7月時点で累計2600人を訓練してきた。

JIMでは、高度な製造技術に加え、日本式の製造原則に基づく現場管理、品質、安全、規律、継続的改善などを学ぶ。

さらにMaruti Suzukiは、既存の公立職業訓練校にも手を入れている。

2026年6月時点で31のITI(Industrial Training Institute、職業訓練校)を支援し、Advanced Manufacturing Lab(高度製造ラボ)を各地に整備している。そこでは実際の製造現場に近い環境を作り、組立、溶接、塗装、機械加工、メカトロニクス、安全などを実習する。

これは「インド人を日本人化する」という話ではない。

日本企業が必要とする品質や仕事の進め方を、インドの教育制度と労働市場の中で習得できる形に変換している。

文化の違いを精神論で埋めようとするより、はるかに再現性がある。

日印は相性がいい。ただし、最大の敵は時間かもしれない

日本には資本、企業、製造技術、生産管理、サプライチェーン運営の蓄積がある。しかし人口は減り、働き手の確保が難しくなっている。

インドには若い人口がいる。しかし、これまで高学歴層の受け皿になってきたITサービスでは、AIによって「新人を大量に採用して仕事を覚えさせる」というモデルが変わり始めている。

ならば日本企業がインドで製造業や周辺産業を広げれば、双方に都合がいい。

実際、ホンダやスズキを見る限り、それは十分可能だ。

ただし、インドの雇用問題を解決できる規模まで広げられるかは別問題である。

工場と部品産業を作り、数百万人、数千万人単位で技能を身につけさせるには時間がかかる。

AIはその間も進歩する。

インドを見るとき、「AI企業が何社生まれたか」「高度AI人材が何万人いるか」だけを見ても、この問題の全体像は分からない。

もっと重要なのは、普通の22歳が最初の仕事に就き、そこで経験を積み、25歳、30歳と所得と技能を上げていける仕事を毎年どれだけ作れるかだと思う。

台湾と韓国では、AIが既存の得意産業へ巨大な注文を持ってきた。

インドでは、AIがこれまでの成長モデルそのものを作り替えようとしている。

そして人手不足に悩む日本企業は、その転換でかなり面白い位置にいる。ホンダやスズキはすでに答えの一部を示している。次に問われるのは、それを数社の成功例で終わらせず、インドの人口規模に見合う産業の厚みへ広げられるかどうかだ。

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